2009年6月25日 (木)

中国史最新情報(3)

北京原人遺跡で72年ぶりに発掘再開(Record China)

<内容>

2009年6月24日、北京原人の遺骨などの発掘現場で、世界文化遺産にも登録されている北京市房山区の周口店遺跡の発掘が72年ぶりに再開された。

今回の発掘の最大の目的は、風化などによって遺跡が崩れる危険性が高まったため、これを補修することにある。

新華社通信(電子版)が伝えた。

発掘チームのリーダー、中国科学院古脊椎動物・古人類研究所の高星(ガオ・シン)副所長は24日の記者会見で、今回の発掘について、「発掘の場所は遺跡第1地点の西側部分で、周口店遺跡の『心臓』に当たる部分」と語り、「遺跡として地層が完璧に保存されており、学術的に最も価値が高く、科学的なデータの最も豊富な場所である」と紹介した。

同遺跡では1929年に北京原人の頭蓋骨が発見され、世界的な注目を集めた。

今回72年ぶりに発掘が再開されるに至った理由について、高副所長は「西側部分の上部に亀裂が生じ、さらにその下の部分に空洞ができており、いつ崩れてもおかしくないような危険な状態にあるため、これを保護・修復する事が最大の目的」と説明し、「新たな発見のための発掘ではないものの、重要な発見の可能性を排除したわけではない」と話した。

発掘作業スケジュールでは、6月下旬から7月下旬に亀裂部分の修復を完了し、8~10月にかけて西側部分全体の修復とサンプルの収集などを行う予定になっている。

<感想>

“華史記”執筆者の斥奉です。

修復が中心ということですが、新たな発見を期待せずにはいられません。

ですが、東アジア圏における根幹に通じることなだけに、まずは確実な修復がなされることを望むべきだと思います。

“華史記”へ。

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2009年6月22日 (月)

中国史最新情報(2)

迫る危機、修復で失われる歴史の真実(サーチナ)

<内容>

2009年6月19日、解放日報は中国長城学会・董耀会(ドン・ヤオフイ)常務副会長のインタビューを掲載した。

世界遺産でもあり中国を代表する遺跡でもある万里の長城が今、深刻な危機に直面しているという。

1985年、当時28歳の配電線工だった董副会長は508日間をかけ、万里の長城全てを走破するという偉業を成し遂げた人物。

万里の長城について深い知識を持っており、その保護に心血を注いでいる。

しかし現状はきわめて深刻だという。

董副会長は2002年8月、河北省張家口市の狼窩口長城を視察したエピソードを紹介している。

現地を訪れた視察団はあっけにとられた。

なんと1000メートル以上もあった遺跡がきれいさっぱり消失しているではないか。

話を聞くと、付近で道路の建設が行われた時、現地住民が長城を壊してその石を売り飛ばしたのだとか。

値段はトラック1杯でわずか15元(約210円)という安さだった。こうした例はいくつもあるという。

もちろん保護、修復しようとする動きもある。

しかしそういった前向きの取り組みにも多くの問題があるという。

河北省の白羊峪長城。

きれいに修復された壁がそびえるなか、一部に薄い灰色が見える。

実はそれこそが数少ない遺跡の現存部分だという。

残念なことに修復工事の際に現存部分の一部が撤去されるという本末転倒なことが起きた。

山東省のある地域には春秋戦国時代に作られた石造りの長城が残されていた。

2000年以上の歴史を誇る貴重なものだ。

しかし現地では観光客が入れないという理由から、万里の長城の最も有名な観光地・八達嶺を参考に作り直された。

こうした状況に董副会長は心を痛めている。

董副会長は風化し壊れた長城の美を受け入れるべきだと話し、「歴史の真実に従わない、『歴史の再現』という原則を踏み外した修復は、むしろ破壊にほかならない」と話している。

<感想>

“華史記”執筆者の斥奉です。

「多様な影響を受けるのが本来の有様なのかもしれない…」

ふとそんなことを思ってしまいがちですが、肝心なのは真実だということだけは忘れてはいけないのではないでしょうか。

もしかしたら、観光目的の修復というのも未来では1つの歴史として受け入れられるのかもしれませんが…

“華史記”へ。

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2009年6月20日 (土)

中国史最新情報(1)

兵馬俑の発掘作業再開、最大規模の遺跡で24年ぶり(読売新聞)

<内容>

中国西部・陝西省西安郊外にある秦始皇帝の兵馬俑(へいばよう)の遺跡で、最大規模となる1号坑の発掘作業が再開された。

当時の彩色が残る埋蔵物の発掘など新発見も期待されている。

地元の秦始皇兵馬俑博物館の研究チームは今月13日に作業に着手した。

世界遺産に登録されている同遺跡は、紀元前3世紀に中国史上初の統一国家を樹立した始皇帝の陵墓付近にあり、ほぼ等身大の兵士や馬の俑(副葬品の人形)が埋められている。

総面積1万4260平方メートルで6000体の兵馬俑があるとされる同坑での発掘作業は、1985年に中断されて以来となる。

今回は5年計画で2000平方メートルを発掘する。

同博物館は作業の様子を一般公開している。

新華社電によると、研究チームの関係者は「遺跡の保存状況は予想よりも良い。今後の作業も順調に進むだろう」と話し、新たな発見に自信を見せている。

<感想>

“華史記”執筆者の斥奉です。

資金や環境など、色々な問題を抱えている兵馬俑ですが、新たな発見に向けての一歩に大きな期待を寄せている人は多いのではないでしょうか。

私も一度だけ兵馬俑を目の当たりにしたことがあるのですが、中国史の体感できる一級の文化財だけに、何よりも発掘作業には慎重を期して欲しいです。

“華史記”へ。

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2008年6月22日 (日)

美味しい炒飯とは?

“華史記”執筆者の斥奉です。

最近、炒飯を食べていて、ふと思うことがあります。

「美味しい炒飯(評価の方法)って何だろう…?」

人一倍、炒飯を食してきただけに、“炒評”を掲載しているだけに、この悩みは深いです。

私が言うのも変ですが、炒飯といえば外食して食べるというよりは家にある材料を使って作る家庭料理だと思っています。

その炒飯を評価する際によく言われるのは、

1、お米がパラパラしている。

2、お米を卵が包み込んで光っている。

3、斬新さ?

などだと思います。

実際に、私が中国料理店で炒飯を食べて評価するとき、こういった要素も気にはするのですが…

それ以上に、具材に囚われない火力や盛り付け方から伝わってくる料理人の思いが特に気になります。

話がまとまっていないのですが、炒飯を評価していく上では、こういった要素こそ大切なんじゃないかと…

こんな考えで“炒評”を掲載していていいのか分かりませんが、もし一人でも参考にして頂いている方がいましたら、私のこんな考えを気に留めて頂ければと思います。

“華史記”へ。

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2008年6月 8日 (日)

『関口知宏の中国鉄道大紀行』(2)

“華史記”執筆者の斥奉です。

僕が感じた中国、それは在るがままの姿。

とても単純なことですが、中国は飾らず隠さず全てを見せ感じさせてくれるということです。

1つ間違えて欲しくないのは、良いとか悪いとか、そういったことではないのです。

中国には、在るがままの姿が今なお存在する、それだけなのです。

『関口知宏の中国鉄道大紀行』には、こういった僕の感じた中国が昇華された姿で凝縮されていました。

もし、在るがままの姿を感じたい方がいましたら、『関口知宏の中国鉄道大紀行』、そして中国はきっと何かを与えてくれるはず。

最後に、大事業を通して伝えてくれた『関口知宏の中国鉄道大紀行』の関係者には感謝の気持ちをお伝えしたいです。

“華史記”へ。

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2008年6月 1日 (日)

『関口知宏の中国鉄道大紀行』(1)

“華史記”執筆者の斥奉です。

いま、『関口知宏の中国鉄道大紀行』の書籍を読んでいます。

本来なら、“華史記”で取り上げる類の書籍ではないのですが、中国史小説の“書評”をしている上に中国旅行(一人旅)の経験がある私として、どうしても言いたいことがあったので。

最初、私は中国に対する関口知宏という存在を認められないでいました。

なぜなら、

1、中国との接点がない。

2、大事業に対しての姿勢に疑問(日本にいては感じることのできない中国を伝えることができるのか)。

…などなど、挙げればキリの無いほど悪い印象を持っていたからです。

ですが、私が間違えていました。

テレビ放映を見てもそう感じてはいたのですが、書籍を読んで尚更そう感じました。

彼の伝える中国は、少なくとも私の感じた中国と限りなく近いと思います。

むしろ、それ以上に教わることが多いのが正直なところです。

…続きは、次回へ。

“華史記”へ。

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2008年5月25日 (日)

“炒評”とは(3)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、始めてみて気づいた苦しみ。

1、メニューに炒飯が無いお店が意外に多い。

これは、“炒評”を始めて気づいた驚くべき事実です。

中国料理の代表的な料理の一つといえば炒飯だと思い続けて生きてきたのですが、意外にもメニューに炒飯が無いお店が多かったのです。

店頭にメニューが掲載されていれば判断が付くのですが、それすらも無いお店の場合は入店を躊躇わざるを得ない状況です。

実際に、入店してみて炒飯が無かったことがあったのですが(勇気を出してメニューに無い炒飯をお願いしたこともありますが)、そういうときは粥や丼といった料理が目に付きます。

ちなみに、丼は炒飯と判断できそうな料理もあるのですが、これはやはり炒飯ではないですよね?

もし、詳しい分類をご存知の方がいたら、是非とも教えてください。

2、中国料理店自体が見つからない。

これは前々回にも少しお話しましたが、単純に中華料理店(ラーメン屋の類)との分別が難しいだけではないのです。

中国料理店でも敷居が高いお店や雰囲気の怪しいお店といった具合に、一般人が簡単には入りづらいお店が多いのです。

勇気をもって入店してみたら、1000円を超えるような金額を取られたり本当に不味かったり…

これは不運だったと簡単には片付けられないような有様です。

こんな具合で、“炒評”には酸いも甘いもありますが、それを悲しみ楽しみながら続けていこうと思っています。

ですので、もしオススメの炒飯がありましたら、是非とも教えてください。

みなさんの協力を頂けたら嬉しいです。

宜しくお願い致します。

“華史記”へ。

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2008年5月18日 (日)

“炒評”とは(2)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、始めてみて気づいた楽しみ。

1、名刺の用意されているところが多い。

これは、“炒評”をしている私には意欲を保つ心強い味方となっています。

もともと宴会用に用意されている名刺ですが、私にとってはお店の情報を得ることができるだけでなく、“炒評”の証明書、さらにはコレクションとなるわけです。

ちなみに、名刺が用意されている確率は60%程度といったところでしょうか。

2、中国茶や一品サービスの恩恵を受けることがある。

食後のひととき、これは誰にとっても重要な時間だと思います。

中国料理を名乗るお店の場合、中国茶や稀にデザート(杏仁豆腐など)のサービスを受けることができます。

健康志向の世の中、烏龍茶、ジャスミン茶、プーアル茶といった中国茶のサービスは有難いものです。

お店を変えずに食後のひとときを楽しむことができる、これは中国料理の醍醐味といっても過言ではないと思います。

ちなみに、中国茶のサービスを受けられる確率も60%程度といったところです。

一品サービス、これは運です。

このように、意外にも“炒評”のおかげで幸福なひとときに恵まれました。

逆に、前回もお話しましたが、始めてみて気づいた苦しみもいろいろあるわけです。

…続きは、次回へ。

“華史記”へ。

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2008年5月11日 (日)

“炒評”とは(1)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、前回“華史記”ではオマケで“炒評(炒飯の食評)”を掲載していることをお話しました。

“華史記”をご覧いただければ分かると思うのですが…

今では“書評(中国史小説の書評)”に匹敵するほどの規模になっています。

その“炒評”を付けようと思った経緯はいたって単純でした。

仕事の合間に摂る昼食が余りに味気なく消化しているだけといった感じで…

なので、何か目的を持って昼食を摂ろうと思ったとき、好きな炒飯を食べ歩いてみようと思い立ったわけです。

でも、単純に食べ歩くだけじゃ面白くないので、

「“華史記”らしく、中華料理ではなく中国料理の炒飯に限って食評を掲載してみよう。」

と決めたわけです。

中華料理ではなく中国料理…?

簡単に言えばラーメン屋さんの炒飯は対象外ということです。

実は、これはとても曖昧で、今でもその判別に苦しみながらお店を探しています。

逆に、始めてみて気づいた楽しみもいろいろあるわけです。

…続きは、次回へ。

“華史記”へ。

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2008年5月 6日 (火)

書初め

“華史記”執筆者の斥奉と申します。

“華史記”とは、主に中国史小説の私的書評掲載サイトになります。

当ブログは、そのサイトの掲示板機能を担わせるために開設いたしました。

中国史というと、日本では代名詞のように『三国志演義』が挙げられますが、それ以外にはどんな物語があったのか知りたくなり、中国史小説を読み始めました。

そして、1人でも多くの方にその魅力をお伝えできればと思い、“華史記”の執筆を始めました。

もし、当ブログをご覧いただき少しでも共感を頂けましたら、さらなる交流を深められればと思っております。

オマケになりますが、私の大好物である炒飯の食評も掲載させて頂いております。

私もまだまだ未熟ですので、みなさんと一緒に中国史を学べることを楽しみにしております。

宜しくお願い致します。

“華史記”へ。

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