中国史最新情報(8)
「孫文の右腕」陳其美 中国に記念館 出身の湖州市(産経新聞)
<内容>
■反逆者一転、観光資源へ…中台改善を象徴
1911年に始まった辛亥革命で孫文の右腕となり清朝を倒し、共和制の「中華民国」成立に導いた陳其美(1878~1916年)の記念館を、陳其美の出身地である中国浙江省の湖州市が主体となって開設し、近く一般公開することが25日、明らかになった。
国共内戦に敗れ台湾に逃れた国民党政権の中華民国で“革命烈士”とされた歴史上の人物が、共産党政権下の「中華人民共和国」で改めてクローズアップされるのは異例。
中台関係の変化を象徴する動きといえそうだ。
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≪通りに名前、大学も≫
湖州市内に埋葬された陳其美の墓は文化大革命時、紅衛兵らに“反逆者”扱いを受け破壊されたが、市当局によって再建された。
25日には中台関係者が墓前で慰霊祭を行った。
“陳其美復活”には、台湾に昨年、中国国民党政権が誕生し中台関係が好転したことが大きく影響している。
地元では陳其美を「名士」として再評価し、歴史を観光資源としてアピールしようとしている。
市はメーンストリートのひとつを「其美路」と命名したほか、49年の新中国成立以前に市内にあった陳其美の字「英士」を冠した「国立英士大学」を復活させる動きも民間で盛り上がっている。
記念館は延べ床面積約2000平方メートルの2階建ての生家を市が独自の予算で修復し、遺品のほかに写真やパネルなどを展示し、陳其美の生涯や辛亥革命の歴史、当時の陳家の様子を伝える。
記念館正面に飾られた「陳英士故居」の文字は、国民党の連戦名誉主席が揮毫した。
≪国民党重鎮でも評価≫
陳其美は、浙江省呉興県(現在の湖州市呉興区)の商家に生まれた。
1906年に日本に留学し、孫文が東京で組織した政治結社「同盟会」に参加。やはり浙江省出身の蒋介石(台湾元総統)ともその後、義兄弟の契りを結んでいる。
帰国後、上海を拠点に同盟会の活動や革命派の新聞発行に奔走した。
辛亥革命では上海で蜂起し南京を占領して孫文を迎え入れ、南京を首都とする中華民国を成立させる功労者となった。
しかし、孫文の後継として12年に中華民国の臨時大統領、翌年に初代大統領となった袁世凱の側近が放ったとされる刺客に陳其美は16年、上海で暗殺された。
38歳の若さだった。
死を悼んだ孫文らが国葬を行い、湖州に埋葬した。
国民党政権の特務機関として中共軍にも恐れられていた「CC団」のトップだった陳果夫、陳立夫兄弟は陳其美のおいにあたる。
陳其美の直系の孫で台湾有力紙、聯合報元駐日特派員の陳沢禎氏は、「共産党政権が、民族の歴史に貢献した人物であれば国民党の重鎮であっても高く評価する意識を持ち始めた。
歴史的に前政権を否定し続けてきた中国人の悪癖を乗り越えようとする姿勢の表れだ」と話し、中国による近代中国史の再評価が中台の関係改善にもつながるとの考えを示している。
<感想>
“華史記”執筆者の斥奉です。
正に、歴史のうねりを実感することのできる出来事なのではないでしょうか。
良くも悪くも、一時的な気運に流されず、正しい史実が後世に伝えられることを期待したいです。
“華史記”へ。
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