グルメ・クッキング

2008年6月22日 (日)

美味しい炒飯とは?

“華史記”執筆者の斥奉です。

最近、炒飯を食べていて、ふと思うことがあります。

「美味しい炒飯(評価の方法)って何だろう…?」

人一倍、炒飯を食してきただけに、“炒評”を掲載しているだけに、この悩みは深いです。

私が言うのも変ですが、炒飯といえば外食して食べるというよりは家にある材料を使って作る家庭料理だと思っています。

その炒飯を評価する際によく言われるのは、

1、お米がパラパラしている。

2、お米を卵が包み込んで光っている。

3、斬新さ?

などだと思います。

実際に、私が中国料理店で炒飯を食べて評価するとき、こういった要素も気にはするのですが…

それ以上に、具材に囚われない火力や盛り付け方から伝わってくる料理人の思いが特に気になります。

話がまとまっていないのですが、炒飯を評価していく上では、こういった要素こそ大切なんじゃないかと…

こんな考えで“炒評”を掲載していていいのか分かりませんが、もし一人でも参考にして頂いている方がいましたら、私のこんな考えを気に留めて頂ければと思います。

“華史記”へ。

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2008年5月25日 (日)

“炒評”とは(3)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、始めてみて気づいた苦しみ。

1、メニューに炒飯が無いお店が意外に多い。

これは、“炒評”を始めて気づいた驚くべき事実です。

中国料理の代表的な料理の一つといえば炒飯だと思い続けて生きてきたのですが、意外にもメニューに炒飯が無いお店が多かったのです。

店頭にメニューが掲載されていれば判断が付くのですが、それすらも無いお店の場合は入店を躊躇わざるを得ない状況です。

実際に、入店してみて炒飯が無かったことがあったのですが(勇気を出してメニューに無い炒飯をお願いしたこともありますが)、そういうときは粥や丼といった料理が目に付きます。

ちなみに、丼は炒飯と判断できそうな料理もあるのですが、これはやはり炒飯ではないですよね?

もし、詳しい分類をご存知の方がいたら、是非とも教えてください。

2、中国料理店自体が見つからない。

これは前々回にも少しお話しましたが、単純に中華料理店(ラーメン屋の類)との分別が難しいだけではないのです。

中国料理店でも敷居が高いお店や雰囲気の怪しいお店といった具合に、一般人が簡単には入りづらいお店が多いのです。

勇気をもって入店してみたら、1000円を超えるような金額を取られたり本当に不味かったり…

これは不運だったと簡単には片付けられないような有様です。

こんな具合で、“炒評”には酸いも甘いもありますが、それを悲しみ楽しみながら続けていこうと思っています。

ですので、もしオススメの炒飯がありましたら、是非とも教えてください。

みなさんの協力を頂けたら嬉しいです。

宜しくお願い致します。

“華史記”へ。

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2008年5月18日 (日)

“炒評”とは(2)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、始めてみて気づいた楽しみ。

1、名刺の用意されているところが多い。

これは、“炒評”をしている私には意欲を保つ心強い味方となっています。

もともと宴会用に用意されている名刺ですが、私にとってはお店の情報を得ることができるだけでなく、“炒評”の証明書、さらにはコレクションとなるわけです。

ちなみに、名刺が用意されている確率は60%程度といったところでしょうか。

2、中国茶や一品サービスの恩恵を受けることがある。

食後のひととき、これは誰にとっても重要な時間だと思います。

中国料理を名乗るお店の場合、中国茶や稀にデザート(杏仁豆腐など)のサービスを受けることができます。

健康志向の世の中、烏龍茶、ジャスミン茶、プーアル茶といった中国茶のサービスは有難いものです。

お店を変えずに食後のひとときを楽しむことができる、これは中国料理の醍醐味といっても過言ではないと思います。

ちなみに、中国茶のサービスを受けられる確率も60%程度といったところです。

一品サービス、これは運です。

このように、意外にも“炒評”のおかげで幸福なひとときに恵まれました。

逆に、前回もお話しましたが、始めてみて気づいた苦しみもいろいろあるわけです。

…続きは、次回へ。

“華史記”へ。

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2008年5月11日 (日)

“炒評”とは(1)

“華史記”執筆者の斥奉です。

さて、前回“華史記”ではオマケで“炒評(炒飯の食評)”を掲載していることをお話しました。

“華史記”をご覧いただければ分かると思うのですが…

今では“書評(中国史小説の書評)”に匹敵するほどの規模になっています。

その“炒評”を付けようと思った経緯はいたって単純でした。

仕事の合間に摂る昼食が余りに味気なく消化しているだけといった感じで…

なので、何か目的を持って昼食を摂ろうと思ったとき、好きな炒飯を食べ歩いてみようと思い立ったわけです。

でも、単純に食べ歩くだけじゃ面白くないので、

「“華史記”らしく、中華料理ではなく中国料理の炒飯に限って食評を掲載してみよう。」

と決めたわけです。

中華料理ではなく中国料理…?

簡単に言えばラーメン屋さんの炒飯は対象外ということです。

実は、これはとても曖昧で、今でもその判別に苦しみながらお店を探しています。

逆に、始めてみて気づいた楽しみもいろいろあるわけです。

…続きは、次回へ。

“華史記”へ。

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2008年5月 6日 (火)

書初め

“華史記”執筆者の斥奉と申します。

“華史記”とは、主に中国史小説の私的書評掲載サイトになります。

当ブログは、そのサイトの掲示板機能を担わせるために開設いたしました。

中国史というと、日本では代名詞のように『三国志演義』が挙げられますが、それ以外にはどんな物語があったのか知りたくなり、中国史小説を読み始めました。

そして、1人でも多くの方にその魅力をお伝えできればと思い、“華史記”の執筆を始めました。

もし、当ブログをご覧いただき少しでも共感を頂けましたら、さらなる交流を深められればと思っております。

オマケになりますが、私の大好物である炒飯の食評も掲載させて頂いております。

私もまだまだ未熟ですので、みなさんと一緒に中国史を学べることを楽しみにしております。

宜しくお願い致します。

“華史記”へ。

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